ヒメキンこと、福岡県の姫野病院・理事長・院長の姫野亜紀裕です。新しいメンバーさんが増えてきましたので、あらためて自己紹介を兼ねてコラムを書いてみました。ご笑覧ください。


これがいわゆる託老所か

 当時の姫野病院の院長を務めていた、姫野姓の従兄弟が辞意を表明したことで、医師であった私に白羽の矢が向けられたのは、いまから十年前の2011年のことだった。それまで若手の医師として自由を謳歌していた私が福岡に飛ぶことは半強制的であったが、かくいう私も自身が凡人であるという自覚があり「凡人が人生で何かを成し遂げるには継承が良い機会だ」と承諾した。

 まず1ドクターとして姫野病院に就職して、このときの最初の印象は「無医村」であった。各病棟には医師の存在感が無く、提供されていた医療レベルは低く、入院患者への口腔ケアもなされておらず肺炎が多発していた。さらには看護師の詰所はまるで「託老所」で、部屋での患者は寝たきりでリハビリも満足に提供されていなかった。もっぱら患者は「早よお迎えが来んかのう」が口癖で、いわゆる、ひと昔前の標準的な民間の総合病院であった。

まずはスタッフ第一主義に

 それまで勤めてきた病院とのギャップに驚いたが、このままでは地域に貢献できないと気を取り直し、まず私が手をつけたのはスタッフが働きやすい環境づくりであった。私は「スタッフ第一主義」を掲げ、タスク・シフティングを進めた。例えばソーシャルワーカーやメディカルクラークは加算がつく前から配置するなど、診療報酬に先んじて医師の業務改善を図った。何より医師の業務改善が、他の全職種の業務改善につながると考えたからである。

 また、リハビリセラピストの増員に加えて介護士による生活リハビリテーションに力を入れ、歯科衛生士も雇用して口腔ケアを徹底した。現在、これらコメディカルの配置が患者数に対して多いのもタスク・シフティングを進めた結果である。例えば、リハビリセラピストは2床に1人、ソーシャルワーカーは20床に1人、管理栄養士は各病棟に1人を配置している。

厚労省のスタッフも見学に訪れたナースカー

 そうこうしているうちに、ついに私が院長になったのは2013年のことであった。院長に就任してからは、診療行為以外にマネジメントの時間が増えたことで、他院の見学に行く機会を増やすことができた。このとき他院でドクターカーを走らせている事例を学んだことがキッカケとなり、独自のナースカーを閃いた。ナースカーとは、看護師と運転手がペアになり、要請に応じて患者の自宅へ迎えに行くものだ。もともと「救急車を呼ぶほどでもないが自力で病院へ行けない」場合を想定して導入したが、実際には介護施設からの依頼が多かった。そこで私は自らナースカーのチラシを持って周辺の介護施設を周り、ニーズを再調査した。介護施設では、入居者の受診の必要がある場合には、もともと配置の少ない看護師が病院への送迎と付き添いで半日がかりで何時間も拘束される。これに対して、ナースカーを利用する場合は姫野病院に電話一本かけるだけで、送り出し業務のみで済むのである。順調に出動数は増加し、ついには消防署から「ナースカーのおかげで地域の救急車出動件数が抑えられている」と感謝されるまでになった。

八女の茶畑の中に突如として現れた巨大建物

 いよいよ2015年には、私が姫野病院に就職してからの当時の理事長(父・姫野信吉)の悲願であった、タワー棟の建設が終わりかけていた。父は私という跡取りが就職してすぐに銀行に話を持ちかけ、莫大な借金をした。全病床数140床すべて全館個室の、夢のようなシン・姫野病院の計画である。全ての個室にはトイレと洗面が備わり、個室代(差額ベッド代)は無料である。これにかかるコストは計り知れず、病院の収益だけでは借金を返せるのか不安であったため、なんと隣接地などに計3棟もの老人ホームも建てた。まだ当時は在宅部門の収益が見込めていたので、タワー棟とセットでの戦略である。なお、このころ出会った現在の妻 @こんちゃん には、「貴方の人生は借金を返すためのものなのね」と不憫そうに言われた。


 いざタワー棟が稼働すると、スタッフは「増築により病院の面積が増えるのだからスタッフも増えるのだろう」と勝手に思い込んでいたようで、現場で悲鳴を上げていた。もちろん病床数は増えないのでスタッフを増やすわけにはいかない。そこで私は、病院という組織ではめずらしいインカムを導入した。これにより無駄な動線が省かれ、効率よくホウレンソウが可能となった。また、広いデイルームを有効活用して、1日7回レクリエーションをする「ナナレクプロジェクト」を推進した。さらにはリハビリも各階のデイルームを利用することで、リハビリ以外の多職種が患者のADLを見て理解することが出来るようになった。

 タワー棟では多床室から全館個室にしたことで、お見舞いが劇的に増えた。お見舞いの回数も時間も増え、個室であることの居心地の良さが反映されているようだった。また、当然のことながらインフルエンザなどの感染症の発生率が激減した。これまでは、多床室であれば1人がインフルエンザになると他のベッドに患者を入れられず空床となり、稼働率が低下していた。しかし個室であれば、感染管理も簡易になりベッドコントロールも柔軟性が出る。いまでは、病床稼働率は常に100を超え、毎月のように嬉しい悲鳴を上げている。

終わりのない福利厚生の充実を

 十年前に比べると法人全体の従業員も大幅に増え、またタスクシフトによる働きやすさから医師のリクルートには困らなくなった。この十年で保育所・病児保育・病児送迎など保育事業も立ち上げ整備したことで、子育て中の医師からの評判も良い。また、院長である私自身も積極的に育休を取得している。昨年は、より医師の福利厚生を充実させるため、当直室を高級ホテルのように改装し、私がヒメキンに扮して紹介動画を撮影した。なお、その紹介YouTube動画は現在のところ再生数2000回を超えている。これらの試行錯誤により、私が姫野病院に就職した当初の「無医村」の感覚はなくなり、いまでは心強い医師団に支えられながら院長としての業務に真摯に向き合うことが出来ている。今後は、医師でないスタッフの福利厚生も充実させていく予定だ。